東京で体験する大阪ソウルフード

大阪名物串かつ”毘利軒”は2007年7月5日(木)オープンしました。京成立石下車、徒歩一分の場所にある立ち呑みの串かつ屋です。
当店は東京ではあまり味わうことのできない本場大阪の串かつをご提供させていただいております。
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本場大阪人としてのこだわり

毘利軒の串かつは細かめのパン粉を使いカラっと仕上げた衣が特徴です。
普通の串かつと比べると食べやすくなっているので、あまりもたれることがないかと思います。
独自にブレンドした専用ソースもあっさりしているので食が進むことは間違いありません。
もちろん、ソースは二度漬け禁止です!
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雰囲気が味を引き立てる

毘利軒は京成立石駅下車1分も経たない線路沿いにあります。
10人程度しか入らない小さな店ですが、下町の雰囲気を最大限に醸し出しています。
都会の喧騒から離れたノスタルジックな雰囲気の中、口にする串かつとビールは美味いの一言に尽きます。
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幸福の神様ビリケンについて

通天閣のビリケンさん 大阪新世界の真ん中にある通天閣の展望台に来る人に足を撫でられ、親しまれている一つの木像があります。幸福の神様・ビリケン(Billiken)さんです。大阪でビリケンさんを知らない人はモグリの大阪人と言われたりするほど誰もが知っている存在です。

元々ビリケンさんは1908年(明治41年)、アメリカはミズーリ州カンザスに住んでいた女流芸術家フローレンス・プリッツ(Florence Pretz)がある日寝ている時に夢の中に神様が現れ、自分を描いてくれと言われたのをキッカケに製作された像です。

ビリケンという名前は当時のアメリカ大統領ウィリアム・タフトのニックネーム"ビリー"から由来しているものだと言われています。

そのビリケンさんに着目した人たちがシカゴでビリケン商会(Billiken Co.,)を設立、彼女からライセンスを譲り受け、貯金箱や置物を販売したところ爆発的に売れ、翌年の1909年から1912年にホースマン社(E.I. Horsman Co.,)が販売を始めたところ、半年で20万個の商品が出荷され、尖った頭とつり目という独特のルックスから「幸福の神様」、「福の神」としてアメリカのみならず、世界的に大ヒットとなりました。
1909年にはビリケンさんをテーマにした「The Billiken Man」という曲も発表されていたようです。

日本では同じく1909年に伝わり神田屋田村商店(現在の田村駒株式会社)という大阪の繊維メーカーが商標登録をし、販促のために利用することとなり、商品プロモーションの為、七福神と合わせて「八福神」という名称が使われていたこともあります。

1912年(大正元年)、大阪新世界でルナパーク(月の園)という遊園地が開園、開園の際に「ビリケン堂」を設置、当時流行っていたビリケンさんの像を置いたら人気が出て、新世界の名物となりましたが、1923年(大正12年)に閉園、元のビリケンさんの像は行方不明になり、ビリケンさんという存在は忘れ去られてしまいます。

56年後の1979年(昭和54年)、通天閣に「通天閣ふれあい広場」を作る際、以前新世界で名物だったビリケンさんの像を設置する話が浮かびあがり、調べてみたところ、商標登録をしていた田村駒株式会社にて当時のビリケンさんの資料が発見され、それを元に伊丹市の彫刻家が現在の通天閣にあるビリケンさんの像を製作し、再び現在、新世界の名物となっています。

【ビリケン豆知識】

■以前ビリケンさんがブームの時(1916年:大正5年)に就任した第18代内閣総理大臣・寺内正毅はビリケンさんと同じ尖った頭、つり目というルックス、寺内内閣は政党からの入閣がない非立憲(ヒリッケン)内閣だったため、それらを基に「ビリケン宰相」と呼ばれていました。

■通天閣のビリケンさんは四角い台座の上に座っています。その台座の周りには「The God of Things as They Ought to Be」と英文が刻み込まれていますが、日本語に訳すと「万事なすがままの神」と言う意味です。

■また現在アメリカではビリケンさんはセントルイス大学のマスコットとなっています。
参照リンク→セントルイス大学